出来ない・・・。


オレは頭を横に振り、天上院の同居の誘いを断った。
・・・オレは仕方なく、天上院から出されたもう一つの条件・・・裏社会・・・闇の世界で天上院と組む事を承諾し、天上院に協力を求めた。
天上院は諦めたようにため息を吐き、サイレンサーをカウンターの上に置いた。









ラブソフト 日本支社


今日は、一階のプレスルームで記者会見があると言っていた。
正面口から入る訳にもいかず、オレはデイビットに教えてもらったルートでラブソフト日本支社ビルに忍び込んだ。
オレは、不動がいるというホストコンピューター室がある十三階へ迷わず向かった。
電気の消えた薄暗い廊下。
オレは呼吸を整えながら、歩みを進める。



『Host Computer Room』



ここだ!


英字で書かれたパネルを確認し、オレは扉に手を掛けた。



ラブソフト ホストコンピューター室



音を立てぬように注意してホストコンピューター室の中へと進む。
デイビットから聞いた不動という男は、一度作業に集中すると周りが見えなくなるタイプだという。
背後から狙えば、顔を見る事もなく一発で仕留められる。
煩雑な部屋の中を、足音を殺して歩く。
華奢な背中が目の前に見えた。
この男が・・・、不動遊星。
ワルサーを握る手が微かに震える。
震える右手を無理に固定し、銃口を不動の背中に合わせた。
・・・コイツは、不動は、パソコンウイルスで世界を混乱させようとしている男。
不動の暴走を誰かが止めなければ世界が混乱し暴力と恐怖が蔓延してしまう。
阻止しなければ・・・誰かが止めなければ・・・。
失敗は・・・許されない。
オレが・・・オレが、不動を・・・。
引き金に掛けた指先に力を込めようとしたその時・・・

「どうして今日に限って・・・こんな簡単な接続をやらされているんだろう・・・」


っ!?


不動の独り言を聞いて、妙な胸騒ぎを感じた。
デイビットから聞いていた説明との違和感が指先に込めようとした力を抑制する。
不動は、一度作業を始めれば集中するタイプだと・・・そう、聞いていた・・・。
背後で銃を構えるオレに気付かずに、不動はつまらなさそうにボールペンを指の上で回して遊んでいた。
時折、気紛れにキーボードを叩いては、ボールペンでノートに何か書き込んでいる。

「デイビットの奴・・・、少し拒んだだけなのにすぐに腹いせでこんな微妙に面倒な仕事を押し付けてくるのは本当に止めて欲しい・・・」

不動の独り言は続いている。
オレは、不動の言葉の意味が理解できず、狙いを定めた格好のまま動けなかった。

「やはり俺が・・・あの計画に気付いたと知っての嫌がらせか・・・?いや、だとしたら生温いな・・・。デイビットならもっと確実に俺を・・・」

あの計画に・・・気付いた・・・?
不動の口から零れるキーワード。
聞けば聞く程オレを混乱させる。

「だとしてもどうすれば・・・」

物思いにふける不動。
その事により、不動が指先で遊んでいたボールペンが床に転がり落ちた。
マズイ・・・振り向かれたら、気付かれてしまう!
不動が、ボールペンを拾おうと屈みこんだ。

「ん・・・?」

椅子にもたれたまま体制を崩してボールペンを拾おうとする不動の視線がオレの足元で止まる・・・。
気付かれたっ!!

「何だ・・・アンタ・・・」

不動が振り返る。
その視線はオレの足元から徐々に、拳銃を構える右腕へと駆け上る。
身構えるオレを確認すると不動は目を大きく見開き、悲鳴を上げた。

「うわぁ・・・ぁ!」

椅子から転げ落ちる不動を、声を殺して牽制する。

「騒ぐな・・・」

不動は腰を抜かした様子で椅子から転げたままでいる。
驚きのあまり、小刻みに震えて声を失っているが、お互いに顔を見せ合った形になってしまった。
これ以上、オレの存在を不動に植え込むのは失敗した時の命取りとなる。
今すぐに実行した方がリスクが低いのは勿論だ。
オレが『仕事を完遂』さえすれば顔を見られた事など問題なくなる。
引っかかる違和感を不動本人に確認してみよう・・・。

「お前が・・・、不動・・・か」

震える不動に訊ねてみると、頭をガクガクと何度も上下に振って答えてきた。


・・・。


この・・・震え怯えている奴が・・・、世界を恐怖に陥れようとする悪の化身・・・?
そうは見えないけど、驚きのあまりに腰を抜かしているだけかも知れない。

「お前、悪質なウイルスソフトを作っているらしいな・・・。それは、本当か・・・?」
「なん・・・だと・・・。何を言っているんだ・・・」
「とぼけるな!」

『誰から聞いた?』とか、『何故、知っている?』等、肯定する言葉を反射的に返していたなら迷いなく撃ち抜けたが・・・。 高圧的に『とぼけるな』と威圧してみても、不動の様子からオレが引っかかる違和感が依然として消せない・・・。 睨み合う、こう着状態が続き、迷うオレに不動は視線を一度、右に逸らし、すぐにオレに挑むような目つきで睨み返す。
逃げようとしている・・・?
こう着状態が続く中で冷静さを取り戻しているのか・・・?
仕方ない・・・。
迷いながらもオレは銃のセーフティーロックを再度外した。
鳴り響く金属音に不動は肩を大きく震わせて怯えだした。

「わぁぁぁぁ!」

怯え慄く不動の姿にオレはもう一度、最後の確認をした。

「もう一度・・・聞く。ウイルスソフト・・・、それはお前が作って持っている。・・・そうだな?」

とぼけている様子なら・・・撃ち抜くしかない!

「違う!俺じゃない!」

えっ・・・!?
『俺』じゃ・・・ない?
どういう意味だ・・・。
俺はグリップを握り直し、不動に銃口を向けたまま、一歩、前に踏み出した。

「前の・・・!前のシステムエンジニアがデイビットに指示されて秘密裏にそれを作っているという話を聞いた事がある・・・!お、俺はそれを知ったから殺されるのか・・・っ?」

不動は命乞いをするように、口を開いた。
泣きそうに歪んだ顔。
大きく見開かれた不動の瞳には戸惑うオレの顔が映っている。


・・・。


どっちだ・・・。
正しいのはデイビットと不動のどっちなんだ・・・。
どうすればいいのか分からない。
オレは・・・、どうすれば・・・。



迷わず撃つ
撃つのを止める